タイ 2012年2月2日(木曜日)
【タイ政治社会の潮流】内閣改造に見るタックシンの戦略[政治]
第115回
ジンラック改造内閣が1月23日正式に発足した。16名の閣僚が交代する大幅な改造であった。それにしても、実にみごとな傀儡政権である。タイには伝統的な芸能として「フン・クラボーク」と呼ばれる人形浄瑠璃に似た人形劇があるが、まさにジンラックは兄タックシンの人形である。2009年4月に無効とされた旅券が昨年10月に再発給されたタックシンは、ドバイを基点にしながらも、あちこちを飛び回り、香港などでタイからの訪問客と会い、タイ情勢を把握しながら様々な指令を発している。
たとえば、こんなことが報じられている。あの2010年5月の赤服のバンコク中心街の騒乱(占拠)事件などでタックシンに協力し巨額の資金援助を行い、以後も東北タイ出身のプアタイ党議員の面倒を見てきたウィヤディー・スタウォン(通称「トゥイ」で知られている)という女性大富豪がいる。彼女は、ジンラック政権発足の際、協力の代償としてタックシンに大臣ポストひとつを与えるよう要求し、タックシンも受け容れた。そのクオータとして入閣したのがキッティサック交通副相であった。その後彼女とキッティサック自身やプアタイ党幹部の間に軋轢が生じたという。今回、キティサックは、海外に飛びタックシンと会い、自身の留任を強力に要望したが、結果としては外れてしまったという。おそらくは、多くの政治家がタックシン詣を行なったに違いない。
今回の改造には、ジンラックの意見も少しは考慮されたし、チンナワット家御三家であるポッチャマーン(タックシンの前妻)、ヤオワパー(同姉)、パーヤップ(同弟)は、またもや何人かを無理やりに押し込んだようである。たとえば、財務副相から商務相に鞍替えしたブンソンの支持者はヤオワパーであり、スラウィット厚生副相はパーヤップと太い線がある。しかし、ほとんどはタックシンの裁定である。プアタイ党および赤服での貢献に対する論功行賞として、以前から改造時の大臣就任を約束していたのが、ナッタウット農業副相、チャールポン交通相、スチャート教育相、サックダー教育副相らである。加えて、タックシンの関係会社で働いていた者や親しい者も多い。元チン・コーポレーション役員のニワットタムロン首相府相、元通信衛星会社タイコム幹部のアーラック・エネルギー相、交通問題専門家のチャッチャート交通副相、ナリニー首相府相らはタックシンの仲間である。経済閣僚人事では、中央銀行出身で慎重な財政運営のティーラチャイ財務相を業績がないとして更迭し、財政出動や外貨準備の活用に積極的なキティラット商務相(兼副首相)を後任に横滑りさせるとともに、タンマサート大学から専門家ポンサワットを工業相に抜擢し、経済政策チームの要とした。
最注目の人事は国防省である。国防相ユッタサックを副首相に押し上げ、後任に予備士官学校でタックシンと同期(10期)であり、無二の親友であるスカムポン(空軍大将)交通相を充てた。陸軍ではなく空軍からの国防相就任は驚きであった。国防相ポストはタイ軍の主流である陸軍の関係者が就くのが通常で、空軍からは過去に一例しかない(パニエン空軍大将で、1986〜1988年国防相を務めた)。まさに異例の人事で、しかも約束されていた空軍司令官のポストをクーデタ(2006年)で逃してしまったスカムポンは現空軍司令官イッタポーン(クーデタ後に就任、今年9月で定年)と仲が悪いと言われている。あきらかに、対軍部を睨んだ人事である。昨年の軍幹部人事でも押しが弱く、軍部に強い態度を示さないままのユッタサックにタックシンは愛想を尽かしたのである。本来政府(行政)のコントロール下にあるべき軍部がいまだに独立した権力を持ち、外からの意見に耳を貸さない存在であるのを打破しない限り、自らの帰国は難しいと踏んだ上での措置であろう。はっきりものを言う性格のスカムポンをあえて軍との前線に立たせ、影響力を行使できるようにしたいという願いが込められている。
タックシンの対軍部戦略は、ここ数年の激しい国内対立を和らげる方策(恩赦など)を検討するために1月に下院に設けられた通称「和解特別委員会」にも看取できる。なんと、こともあろうに、この委員会の委員長に、自らを追放した2006年のクーデタの立役者(国王を元首とする民主主義体制統治改革団長)であったソンティ(陸軍司令官を退官し、現在は国会議員。2009年からマートゥプーム党の党首に就任)を就けたのである。政界では、このことを受けて、タックシンとソンティが握手をしたと言われている。この元陸軍司令官に軍部との仲介役を期待しているのかもしれない。
あきらかに、タックシンは無罪の身での帰国を最大課題として、戦略を組み始めたようである。その手始めとして、おそらくは、今回の改造では軍部の反応を観察するために、工夫を凝らしたようである。111番地組が政界に戻ってくる5月までは、環境作りに本腰を入れるのではなかろうか。1月17日に香港でタックシンに会ったサックダー(教育副相)は、「タックシンは、6月に再改造ありと明言した」と話している。本格的な帰国作戦は、次の内閣改造から開始されるにちがいない。
<筆者紹介>
赤木攻(あかぎ・おさむ)大阪外国語大学名誉教授
大阪外国語大卒業後、タイの国立チュラロンコン大に留学。大阪外国語大教授を経て、1999年同大学長に就任。2004年から、東京国際交流館館長、東京外国語大学特任教授などを歴任。
専門は東南アジア地域研究、タイ政治・社会論。プミポン国王のベストセラーの日本語版「奇跡の名犬物語」の翻訳も手掛けた。1944年、岡山県新見市生まれ。